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(Just Like) Starting Over / John Lennon

John Lennon


共に生きる二人の人生はとても尊いものだよ
僕たちは一緒に成長したよね
二人の愛は今でもかけがえのないものだけど
そろそろ冒険してみないか
もっと新たな空へ飛び立つんだ

悠々自適の日々もそろそろ長すぎる
誰のせいでもないさ 時は矢のように過ぎていくんだから
今 こうして 改めてきみを見れば
2人はまた新たに 恋に落ちるような気がする
始まりが また始まりそうだ

毎日が順調な愛の生活だった
でももっと素敵な愛し合い方があるんじゃないか?
今こそ 翼を広げ はばたく時じゃないか
昨日までの生活を繰り返すんじゃなくて
そう 始まりが また始まりそうだ

一人きりで旅に出てみようよ
ずっとずっと遠くまでの旅を
また 僕たちらしい旅をしよう
最初の頃 そうだったようにさ
そう そうなのさ ダーリン

ダブル・ファンタジー 〜ミレニアム・エディション〜
ダブル・ファンタジー
ジョン・レノン&ヨーコ・オノ

この人、この時:歌手・加藤登紀子さん あしたを越えて
■夫の死−−私は「全部」になった
 夫は自分で最期の時を決めました。
 肝臓をがんに侵されたあとも「絶対に生きるぞ」と言い続けた。病状が悪化してからも、出会うべき人全員に会えるまで、病室で苦しくともがんばってくれた。
 でも最期の日、寝返りではずれた酸素マスクをつけてあげようとしたら、夫はそれを止め、大きな声で言ったのです。「もう、いいだろう」と。
 私は彼に何度もほおずりをしました。彼を抱きしめ、彼も私を抱き返してくれた。「あなた、よくがんばった。すてきだったわよ」とささやいたのを覚えています。
 息をしない、という意思表示をし、最期の時を自分で決め、それを受け入れた夫の姿に私は本当に圧倒されました。
 <間もなく取材が殺到し、登紀子さんはコメントを発表した。「2人の人生は今からまた別の形で始まる」と>
 葬儀の準備で病院から自宅に戻る車の中、とっさに出たのがあの言葉でした。今でもよく、あんな言葉を書いたな、と驚いてしまう。だってあの言葉はこれまで、何度も私をかき立ててくれた。「始まりなんだ、これは始まりなんだ」と。
 <始まったのは何だったのか>
 あきらかに違う時間が私の中に流れ始めました。もしもリンゴ半分ずつが夫婦なら、片方がいなくなったことで、私は「全部」になった。彼がいない欠落感より、ほかにはもういない、すべて自分の中にある、自分が丸ごと自分になった、という感覚が生まれました。
 それから私、生きていることが「途中」でなくなった。若いころの私は自分自身を「仮の姿」だと思っていた。どこか行くべき場所があって、その目的のために生きている「途中」だって。とりあえず生きているような感覚から逃れられなかった。
 でも夫の死を目の当たりにして、分かった。人はどこか遠いところ、目的を目指すために生きているんじゃない。生まれた時からもうすべてなんだって。すべての時が「途中」なんかではないんです。【聞き手・小国綾子】
毎日新聞 2004年11月30日 東京夕刊

加藤登紀子さんの「夫」の名前は、この本文中には出てきませんが 元・全学連委員長 藤本敏夫氏です。
藤本氏の主催していた「鴨川自然王国」は 「鴨川自然王国を未来へ〜歴史は未来からやってくる〜」を合言葉に「食」と「農」から平和な社会へのアプローチを続けています。
「藤本国王」が亡くなったいま、加藤登紀子さんもこちらの「王国」をサポートされているようです。
上記の記事を読んで、連想したのはジョン・レノンの「スターティング・オーバー」。
「2人の人生は今からまた別の形で始まる」咄嗟に出たという この言葉は感慨深いです。
伴侶を亡くすというのは、たぶん経験した人にしか分からない痛みなのでしょう。私にも、まだ想像できないです。

2年前の秋、義父が亡くなったのですが、喪中ハガキを作るときになって義母は形式的な喪中はがきの文章を拒みました。
「永眠しました・・・なんて書くのは嫌なの」
「“神様の御許に旅立ちました”と 書きたい」と・・・。
クリスチャンの夫婦でしたので、「永遠に眠る」のではなく 死は「旅立ち」への「出発点」なんだと感覚的に思ったのでしょう。
ターミナルケア という言葉は「終末期医療」と訳されますが、英語で「Terminal」と言えば「終末期」以外にも「終着駅」という意味があります。
実は「終着の」という意味はそれほど強くなく、主要な駅のことを指す場合が多いようで、どちらかといえばヨーロッパなどでよく見られる「起点になる駅」を指すようです。
そうしてみると「死」が「起点」であるという理解はごくごく自然なことだと思うのです。生の国から天国への「乗り換え駅」と思ってもいいのかもしれません。
「死」は終わりなわけじゃなく、後に遺った人々に色々な思いを残してくれる。
ジョンが今でも愛されているのは、歌や生き方を通じて「思い」をそれぞれに残してくれているからなんでしょうね。
Johnの曲はどれも好きですが、私はこの曲が特別好きです。イントロの鐘の音から涙が出そうになるので一人のときに聴かないといけません。


[Song] John Lennon | permalink | comments(2) | trackbacks(0)

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この記事に対するコメント

今の仕事場の敷地内に修道院とホスピスがあってね
・・まあ、縁があってそこで今仕事をしているわけですが
毎朝、そこを通っていくんだけれど
悲壮感だとか暗さは無くて、むしろとても穏やかな空気

ロッド・スチュアートのセイリングは実はお葬式の歌だと聞いて
「あなたの元へ行くことが自由になること」という意味が解ったような気がしました^^

私はクリスチャンでは無いけれど、死んだら葬式は仏前なんだけど
お義母さまの気持ちが分かるような気がします^^

Starting Overー
一つの何かが終る時というのは、新たな始まりでもあるのかも知れませんね
きっと永遠とはそういうことなのでしょう
みっちぃ | 2006/12/23 12:21 AM
★ みっちぃさん

セイリング いい曲ですよね。
意味はずっと知らずに聴いていて、歌詞の意味を知ったのは某掲示板でみっちぃさんが書いてくれたからです〜(懐かしい・笑)

>きっと永遠とはそういうことなのでしょう

このコメントで「ああ そうか・・・」と気付かされたのですけどね、ジョン・レノン・スーパー・ライブでスターティング・オーバーを歌いながら日本語で「やり直そう」と一言挿入したシンガーが居たでしょう(爆)
やり直すという言葉に違和感を感じたのは、たぶんそこに「永遠」が感じられないからなんだと思うんです。
あれは本当に残念だったな・・・彼に歌って欲しい曲だっただけに尚更。
nonkey37 | 2006/12/26 2:16 PM
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